中欧・はぷすぶるく

「図説 ブダペスト都市物語」早稲田みか/チョマ・ゲルゲイ

ブダペスト、というのはその名前からしてブダとペスト(あと実は温泉を有するオーブタという地域もあったりするのですが、ブダ側の街ですね)という名前の合成で、もともとはこの地域でドナウ川が細くなって少し渡りやすくなるために、その両岸に発達した街…

「中央ヨーロッパ「ケルト」紀行-古代遺跡を歩く」武部好伸

そもそもこのタイトルにある“中央ヨーロッパ”ってどこじゃいな、ということに当然なるのではないかと思うのですが、そもそも普通に中欧って括る場合にもそりゃあいろんな分類がないでもないのですが(ドイツ圏というのが一般的だけどドイツが含まれないのが…

「図説 ハプスブルク帝国」加藤雅彦

大雑把にかつてスイスの地にあったものの、スイスの国家成立とともにその地を追われ(すみません、この辺読んだけど難しくてわからなかった...orz)、ヨーロッパのあまり裕福ではなかったのだというハプスブルク家が、細かい詳細なぞは抜きにして「ヨーロッ…

「灰とダイヤモンド(上」アンジェイェフスキ

ポーランドの戦後問題はまずそもそも「被害者であるのか/加害者であるのか」というところから逃れられないのだと聞いたことがあるのですが(すごく端的に言うと、ドイツ軍による占領がかなり早い時期に行われてしまった関係で第二次世界大戦のほとんどをド…

旅ch「ちょっと贅沢!欧州列車旅行」#1 伝統と芸術の都・ウィーン

今なお、ハプスブルク家の面影を色濃く残す、、、というよりひょっとしてなんだかんだと商魂逞しい? と思わず首を傾げてしまったんですが、“世界一の美貌”を謳われたエリーザベト(エリザベートじゃないんだ;)、通称シシィの包装をしてるお菓子やって一体…

「ウィーン愛憎−ヨーロッパ精神との格闘」中島義道

30過ぎの私費留学という、その地の最下層から見たウィーンの本。 まあ概ね、薄っすら知っていたもののアジア系の地位の低さと扱いを再確認しないでもなかったんですが(日本人気質はちょい割愛、あとで触れます)、しかしぶっちゃけ、イギリスやらドイツだ…

「戦うハプスブルク家−近代の序章としての三十年戦争」菊池良生

そもそも“30年戦争”という名前すら、世界史を選択した人でも「聞いたことはあるような」(私は聞いてません!)(それは威張らない)というレベルな模様なんですが、博識な方が言われるのも「正直、なにがなんだか...orz」なので、まあ、覚えなくてもいい…

『世界遺産』#562 ザモシチ旧市街(ポーランド)

ザモシチ−Wikipedia ルネサンスの街並みを見て「この都市を祖国に持って帰りたい!」という野望を持ったのだというザモイスキさんなのですが、いやー、正直、侵略して自分の国の所属にするんでなくて良かったー、とか安心してたわけですが。 (そん…

『世界遺産』#547 ヤヴォルとシフィドニツァの平和教会(ポーランド)

ヤヴォルとシフィドニツァの平和聖堂−Wikipedia ルターさんによる宗教改革ののち、宗教戦争が起こり(カソリックvsプロテスタント)。 それが終りました時に領主がその地の宗教を決めることになり、どっちかっつーとプロテスタントの多い土地なの…

「帝都ウィーンと列国会議」幅健志

“会議は踊る、されど進まず”というのはその当時、ウィーンですげぇ人気のあったじいちゃん将軍の言葉なんだそうですが、どうもこう「踊ってる」から「進まない」という意味ではないようで。というか実は会議の進まない理由はざくざくあり、せめて踊るくらい…

『チェイシング・タイム』#10 プラハ

プラハ−Wikipedia えーと、シドニーとガーナ出身男性二人でロンドン在住? だったかな。 毎回思い出すのに苦労するので、今回からメモ書いてみることにしました、残り4回しか残ってないのが問題なような気はしないでもありません(少し)。198…

『チェイシング・タイム』#5 ブダペスト

ブダペスト−Wikipedia んー、街の人は概ね親切だし疎いとまでいかないは思うんですが、そもそも複数の影響の混ざり合った土地なので問題の範囲が広く、ちょっと辿り着くまでに時間が掛かってたかな? とは思うんですが、要領よく頑張っていたような…