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『美の巨人たち』川端龍子「鳴門」(日本)

川端龍子−Wikipedia (1885.06/06−1966.04/10) アメリカのボストンに絵画の勉強をしに行ったらば、その仲介をしてくれるはずの人に騙されて(酷いことを;)、ふらふらととりあえず美術館だけでも見て帰るか、という彼が出会…

『美の巨人たち』ルイス・コンフォート・ティファニー ステンドグラス「百合と林檎の花」(アメリカ)

ルイス・カムフォート・ティファニー−Wikipedia (1848.02/18−1933.01/17) 「アメリカ人はなぜ生活に美を取り入れることを頑なに拒むのか」というような趣旨の言葉がひどく印象に残っているのですが、美しいものに囲まれて生…

『美の巨人たち』長谷川利行「岸田国士像」(日本)

長谷川利行−Wikipedia (1891−1940.10/12) というかどっちかというと、岡惚れとかそっちの行動に近いみたいな気がするんですが、一旦「絵を描いたらば」その後ずるずると小金をせびりにやってくるって、悪意っちゃあ悪意だし迷惑っ…

『美の巨人たち』ギュスターヴ・カイユボット「床を削る人々」(フランス)

ギュスターヴ・カイユボット−Wikipedia (1848−1894) えーとその、、、ルノアールってこう、大変言いにくいんですがその関係って親友って言って本当にいいのかしら、ということを思わないでもなかったんですが(ごめん!)、逆にカイユボ…

『美の巨人たち』宮川香山「渡蟹水盤」(日本)

宮川香山−Wikipedia (1842−1916) 生涯二度は同じモチーフを作らなかったのだ、という香山さんなのですが、なんでも明治天皇がお買い入れになったカニだけはすでにこの“高浮彫”という独自の工法を捨て去ったずっとのち、己の晩年、病気を…

『美の巨人たち』ピカソ「ゲルニカ」(スペイン)

ゲルニカ−Wikipedia 1937年4月26日、重工業都市ビルバオを手に入れようとしたスペインの独裁者、フランコ政権がドイツのヒトラー政権と結託し、隣の小さななんもない平和そのものの街を空爆したのがこの“ゲルニカ”という作品に描かれた事件…

『美の巨人たち』仙突義梵「指月布袋画賛」(日本)

仙突義梵−Wikipedia (1750−1837) 読みは“せんがく・ぎぼん”、他に番組で絵を描く禅僧として雪舟と白隠の名が出ていたんですが、これどういう名前なのかなぁ? なんか他の人と系統が違うよね。 ちゅーか、雪舟がそもそも禅僧だということ…

『美の巨人たち』セミナリオ工房「泰西王侯騎馬図屏風」(日本)

“泰西王侯騎馬図(重要文化財)・江戸時代初期” 金屏風に、四人の鎧を付けた騎馬の人物が一枚ずつに一人ずつ並び。 見るなり「なんじゃこりゃああ?!」と叫んだのはまあ、詳しく説明すると論文になるんですが(感覚ってある意味すごいよね)、要するに日本…

『美の巨人たち』ムリーリョ「蚤をとる少年」(スペイン)

バルトロメ・エステバン・ムリーリョ−Wikipedia (1617.12/31−1682.04/03) まあありていに言えば「食事時に見るもんじゃねぇなぁ」というのが本音ですが。 説明されなくても当人の、少なくとも人事ではないシンパシーをその絵…

『美の巨人たち』高村光太郎 彫刻「手」(日本)

高村光太郎−Wikipadia (1883.03/12−1956.04/02) まあ多分、すでに何度か扱われてると思うんですが高村光太郎。 好きだろうが嫌いだろうが、存在感というか無視できない人っていますやん、というか、概ね誰が知ってても教養と…

『美の巨人たち』sp.ヨーロッパ絵画黄金時代

そもそもボッティチェリってルネサンスどうこう以前に「誰にでもわかる」という作品なのではないかと思うんですが、フェルメールやレンブラント(オランダの絵画って堅実というか小市民的だよね、レンブラントの“放蕩”って美人の奥さんもらって生涯愛したこ…

『美の巨人たち』ジュジョール 建築「トーラ・ダ・ラ・クレウ」(スペイン)

ジュゼップ・マリア・ジュジョール−Wikipedia (1879.09/16−1949.05/01) 一言で言うとあれです「住めないでもないな」、すみません、いえ、お師匠さんのガウディ氏の作品にはグエル邸除いて住めません! てか、むしろカサ・ミ…

『美の巨人たち』足利義政「銀閣寺(慈照寺)」(日本)

慈照寺−Wikipedia 茶室っぽいというのは番組内のモデュロール兄弟の言葉ですが(目がないのかしら、なんで声で人を見分けてるの?)、そんな珍しいもんでもないよな、と思ってましたがよくよく考えてみたら茶室ってずっと後の文化でした、平にすん…

『美の巨人たち』フェルメール「恋文」(オランダ)

フェルメール−Wikipedia (1632.10/31−1675.12/15) 恋文が思いもかけぬところから来て驚く女主人と、それを少しばかり皮肉な、けれど愛情の篭もった目で眺める召使い女、というちょっとドラマのありそうな小さな作品。 女主人…

『美の巨人たち』有元利夫「花降る日」

有元利夫−Wikipedia (1946.09/23−1985.02/24) 「僕が死んだら君が描けばいい」というのはある意味、傲慢なのかもしれませんが、技量において上回る男との暮らしで壊れた芸術家の女を幾人か知っているととても笑うことは出来…

『美の巨人たち』オキーフ「ピンクの上のふたつのカラーリリー」(アメリカ)

ジョージア・オキーフ−Wikipedi (1887.11/15−1986.03/06) 正直こう、私もやらしい形だなー、と思ってしまったんですが。 なんというのか元の百合の形があんなんなんですよね、そーいやどっかで女体の比喩されていたのも見たな…

『美の巨人たち』狩野永徳「唐獅子図屏風」(日本)

狩野永徳−Wikipedia (1543.02/16−1590.10/12) この人は“大作”の絵柄を見ただけでなんとなく、細かいものが好きなんじゃなかろうか、という気がしてならないわけですが。現代の画家にしたところで大作は技術の証であるらしく…

『美の巨人たち』コレッジョ「聖母被昇天」(イタリア)

コレッジョ−Wikipedia (1489−1534) 言われてみれば「蛙の足のシチュー」と揶揄られてしまった気持ちのほうがわかってしまうというか、それが気になるとそればかりが気になってしまいますが、あれは実際に見方を教わって見上げたらちょっ…

『美の巨人たち』鈴木春信「雨夜の宮詣で」(日本)

鈴木春信−Wikipedia (1725−1770.07/07) 標準よりは上、というか、多分熟練の腕と、優れた色彩感覚を持ち、平賀源内を同時代というか友人に持ち。ちょうど浮世絵の多色刷り「錦絵」が一般的になっていく時代に上手く乗っかってつい…

『美の巨人たち』ミケランジェロ「ピエタ」(イタリア)

ピエタ (ミケランジェロ)−wikipedia (1475.03/06−1564.02/18) ミケランジェロと言ったら天才ですが、ピエタと言ったらとりあえずまずミケランジェロのようです、全然完結してませんが。とはいえ、最高傑作の呼び名も高いよう…

『美の巨人たち』耳鳥斎(松屋平三郎)「別世界巻」(日本)

耳鳥斎(にちょうさい) (1751?−1803頃、要するに生没年不明) 謎というより、上方・大阪の芸術そのものが美術史から外されてしまい。 そのために昔は北斎と並び称されるほどの人気があったらしいというのにとんと人々の記憶から薄れ、忘れられた…

『美の巨人たち』香月泰男「おもちゃ」(日本)

香月泰男−Wikipedia (1911.10/25−1974.03/08) “シベリア・シリーズ”も≪おもちゃ≫も大変にどちらも素晴らしい出来ですし。 それが紛れもなく同時期の同人物の手から作り出され、描かれていたのだということが感動を深めるとい…

『美の巨人たち』オーギュスト・ロダン「接吻」(フランス)

オーギュスト・ロダン−Wikipedia (1840.11/12−1917.11/17) 一通り聞いた段階で「ああ、高村光太郎か」「東京には空がないね」と会話を交わすのはとりあえず一般レベルの日本人で充分ではないのかと思うわけですが。想像から…

『美の巨人たち』川合玉堂「早乙女」(日本)

川合玉堂−Wikipedia (1873.11/24−1957.06/30) 母上が偶然知ってたんですが、というか、青梅のほうではちょっと名の知れた人のようで。なんでも彼の師匠筋の橋本雅邦氏の息子さん? だかお孫さんも知っているのだとか。学校の…

『美の巨人たち』ジョルジュ・スーラ「ポール・アン・ベッサン満潮時の外港」(フランス)

ジョルジュ・スーラ−Wikipedia (1859.12/02−1891.03/29) モネに憧れ、モネの描く光に焦がれ「すぎた」ためにどう道を踏み外すのかと思ってたら科学かよ! 科学の世界に入っちゃってじきに目に見える光がプリズムであること、…

『美の巨人たち』シリーズ“夏休みに見に行こう”円空「洞戸 三尊像」

ついうっかり、この回から見てしまったんですが、12万体を30歳から64歳までだかでどういうペースで作ってたのか気になって仕方がないわけですが(あれ、晩年の三年間は作ってないんだっけ?)、つーかなんだありゃ?! 「僕たち、トーテムポールですか…

『美の巨人たち』シリーズ“夏休みに見に行こう”円空「千面菩薩像」

円空−Wikipedia (1632−1695.08/24) 棟方志功が「親父ーー!」と言って抱きついたという(次回です)、そして生涯側に置いていたという、いえ、仏像ですが。アヴァンギャルドな形した仏像群を作った現代美術とも間違えられるよーな…

『美の巨人たち』シリーズ“夏休みに見に行こう”川上澄生「初夏の風」

川上澄生−Wikipedia (1895.04/10−1972.09/01) とある女に一目惚れして、ずーっと声掛けられないまんまだったところ友人に仲介して貰えることとなり、と思ったら婚約者がいたのだという完全無欠に一人芝居だった初恋というの…

『美の巨人たち』シリーズ“夏休みに見に行こう”木田金次郎「夏の岩内港」

木田金次郎−Wikipedia (1893.07/16−1962.12/15) 有島武郎さん(小説家)にお礼を言わなくてはならないのは当人よりもまず家族ではないのかと思うのですが、だって「君の感性は海の生活で磨かれたものだと思うよ?」なんて言…

『美の巨人たち』池田満寿夫「女・動物たち」「女」「女の肖像」(日本)

池田満寿夫−Wikipedia (1934.02/23−1997.03/08) 亡くなった時期からして顔に見覚えがあってもそんなに不思議はないんですが、それにしてはどうも版画に全く見覚えがなく。見たのに忘れてしまったんだろうか、と考えれどもな…

『美の巨人たち』国吉康雄「誰かが私のポスターを破った」(アメリカ)

国吉康雄−Wikipedia (1889.09/01−1953.05/14) アメリカの美術界の頂点に上り詰めたのだという日本人の画家。 「なんでまた絵画なのにアメリカよ?」という問いはもっともだと思うんですが、私程度の知識でもそう考えてたんで…

『美の巨人たち』サージェント「マダムⅩ」(アメリカ)

ジョン・シンガー・サージェント−Wikipedia (1856.01/12−1925.04/14) でもまあ、肩紐はちゃんとしてるほうが絵全体に注意が行くのでいいような気はしないでもないんですが。だって正直、横にズレてるとそこしか見れない...or…

『美の巨人たち』土屋輝雄「鶏舎」(日本)

土屋輝雄 (1909−1962) 息子はわりと有名な(というか聞いたことある)日本画家、孫はなんかミュージシャンみたいですよ。サラブレッドというより、なんか粘り勝ちという単語が頭を掠めるのはなんでなのか。正岡子規のがずーっと有名なわけですけど…

『美の巨人たち』金山平三「大石田の最上川」(日本)

金山平三−Wikiprdia (1883−1964) “雪の金山”とも呼ばれる自然風景画家。 東京美術学校・黒田清輝氏に師事し、若い頃はヨーロッパで写生三昧。 後に人間関係のしがらみか美術界の正道を離れ、途中で美術界の正道を追ん出てひたすら自然ば…

『美の巨人たち』シャガール「彼女をめぐって」(フランス)

マルク・シャガール−Wikipedia (1887.07/07−1985.03/28) 二つの愛の間に揺れて、とゆーてたので、「この、ただでさえ恋人の親友として出会って、長距離というよりか置き去りにしていたというのに再会して快く自分を迎え入れ…

『美の巨人たち』高村光雲「老猿」(日本)

高村光雲−Wikipedia (1852.03/08−1934.10/10) 最高の腕といい根性を持つ(かなりいくつかの意味で)元仏師さんで。 明治の「廃仏毀釈」により仏像の需要が減り、食べていけないところまで追い詰められたので西洋美術でもなん…

『美の巨人たち』アルフレッド・ウォリス「青い船」(イギリス)

アルフレッド・ウォリス (1855−1942) 生涯を漁師として過ごし、妻を亡くし70歳を過ぎてから独学で絵を書き始めたのだとゆう画家さんです。てゆーかもうそれは思い切り老後だよな、隠居の手慰みの絵描きだよな。 船の塗装用のペンキを使い、画材…

『美の巨人たち』鶴岡政男「重い手」(日本)

鶴岡政男−Wikipedia (1907−1979) 、、、ネット上で生没年月日が確認出来ません、一個あったと思ったら娘さんでした。まあ紙媒体に頼ればどうということもないと思いますが。そしてWiki君の項目も未完成っつーか本文一行です。 一言で…

『美の巨人たち』谷 文晁「富士山図屏風」(日本)

谷文晁−Wikipedia (1763.10/15−1841.01/06) ワイロ政治を行っていたのだという田沼意次氏(でも海外では再評価されたりもしてます)とセットで語られる、倹約令“寛政の改革”で知られる松平定信さんのお抱え絵師。言っちゃ悪…

『美の巨人たち』安井曾太郎「婦人像」

安井曾太郎−Wikipedia (1888.05/17−1955.12/14) 商家の息子に生まれて商業高校に行ったものの、中途退学で聖護院洋画研究所(のち関西美術院)とゆーところに入学。“デッサンの天才”と呼ばれフランスに留学、今までの写実主…

『美の巨人たち』ウジェーヌ・アッジェ/巴里の街角(フランス)

ウジェーヌ・アッジェ−Wikipedia (1857.02/12−1927.08/04) 5歳だか6歳で孤児になって叔父に引き取られ、役者を目指すようになりますが泣かず飛ばず、じきに子持ちの売れっ子女優と結婚、その後役者を辞め画家を志し絵を描…

『美の巨人たち』村上華岳/裸婦図(日本)

村上華岳−Wikipedia 番組の中であんまり花街と絡めて語られてたもんで、そこの生まれなのかしらと思い込んでいたんですが、どうだろ? 実の両親と別れて暮らし、13歳の時には実父は亡くなり、実母は再婚して行方不明(とゆーか、息子に嫁ぎ先を明…

『美の巨人たち』ベルト・モリゾ/桜桃の木(フランス)

ベルト・モリゾ−Wikipedia (1841.01/14−1895.03/02) 当時すでに巨匠だった、マネの女弟子でありそのモデルでもある美しい女流画家。 マネとの仲を噂されるよーなこともあったそうなんですが、さて実際のところどうなんでしょ…

『美の巨人たち』織田有楽斎 国宝茶室/如庵(日本)

織田長益−Wikipedia (1547−1622.01/24) 特殊な空間認識で作られた茶室を作った建築士。in戦国時代 茶人ってカテゴリでいいのか?! と我ながら思わないでもないんですが、てゆーか番組では思いきりよく建築家の括りで扱われてた…

『美の巨人たち』ウジェーヌ・ドラクロワ/アルジェの女たち(フランス)

ウジェーヌ・ドラクロワ−Wikipedia (1798.04/26−1863.08/13) 19世紀のロマン主義っつーとこの代表者さんだそーで。 ロマン主義、もしくはロマン派というのはなんか“異国的”だったり遠かったり神秘的だったれ内面的だったり…

『美の巨人たち』三上誠/灸点万華鏡(日本)

三上誠−美の巨人たち (1919.08/07−1972.01/16) 肺結核が死に至る病だったという時代、手術により肋骨を11本(全部で24本)失うという経験をし、常に死と隣りあわせで生きたという画家さん。 ≪灸点万華鏡≫ってのはどうも東洋医学に…

『美の巨人たち』ジョルジュ・ルオー/傷ついた道化師(フランス)

ジョルジュ・ルオー−Wikipedia (1871.05/21−1958.02/13) 太く荒々しいラインに、「宝石のような」と称された原色に近い色合い、ステンドグラス職人だった名残りだと言われてますが、イコンにも似てるよねー、アレ(キリスト…

『美の巨人たち』福沢一郎/他人の恋(日本)

福沢一郎−Wikipedia (1898.01/18−1992.10/16) シュールレアリズムってのは“わけわかんねぇ”という趣旨じゃなかったというのが正直なところです、正直なところっていうか、怒られてもしょうがないようなレベルなんですがかな…

『美の巨人たち』岸田劉生/道路と土手と塀(日本)

岸田劉生−Wikipedia (1891.06/23−1929.12/20) 大正〜昭和初期くらいの画家さんだそーで、つまり戦前っつーか近代ですね。 わりと激しい方だったとのことで、「自然をそのまま忠実に描く」か「感じたままを描く」という間で揺…

『美の巨人たち』エッシャー/版画の画廊(オランダ)

マウリッツ・エッシャー−Wikipedia (1898.06/17−1972.03/27) 奇妙な騙し絵をで有名な人で、日本人には結構ファンが多く時々特別展が開かれていたりしますね。 一番有名なのは“延々と階段上がり続けてるよこの人たち?!”みた…