「イングランド紀行(下」プリーストリー

正直こう、食器工場の職人の方たちの「馬鹿にされたくない」という気持ちはとてもよくわかるものの、永遠の男の子を自認する(だと思う、亡くなる瞬間まで馬鹿やってるよ、という宣言だと受け取ったんですがどうでしょう)著者さんの「つくるんだーつくるんだー」というだだに関してはちょっと別の扱いをして欲しかったなぁ、というか。
ぶっさいくだが出来た! と大喜びしていたので、早く送ってあげて下さい。
(この本はあれです、すでに古典の域でかなり昔です)(結局どうなったんだー。)


もちろんまあ、この本が社会現象を引き起こしたのはこういう“永遠に男の子”の部分ではないとは思うんですが、しかしやっぱり、人の心を打つ提案ってそういうところも必要なんではないのかと思うんですよね、己の利益以外のことを考える子どもっぽさというか。
幾つかの農業地域や、工場地域を意識して巡り、その土地土地に行くたびに考えることはイングランド全体の話に至り、イングランドから世界全体に至り、最終的に近代とは、物質文明とはなんぞや、というところに到達するという辺り。
醜い土地を醜いという時にはその土地の来歴に思いを馳せ。
鉱山周辺のバラック同然のスラムには信じられないと涙するように同情を寄せ。
美しい土地にいる変わり者を称え、自分がそうなりたいわけではないが、彼らが生きていけないこの国には、未来がないような気がすると言い。
要するに、人間そのものの業のようなものを語っているのかなぁ、とも。
美しい土地から現代への警鐘を鳴らす本というのも、醜い都市や工場地帯やリゾート施設からその危うさを訴える本もどちらもあるのですが。こうして平らに均してみれば、著者さんは自分もこの世界の変化の責任者の一人だと自覚しているだけなんじゃないのかしら。