「日本の私鉄 京浜急行」カラーブックス・第3シリーズ、井上広和/滝戸喜代司

今のイメージっていうと都営浅草線との直通路線だとか、品川乗換えの私鉄だとか、羽田に向かう空港路線(安いw)という辺りでしょうか。こないだ羽田行きに乗ってみたんですけども圧倒的安さですね、出発点によっては多分太刀打ち出来ないよなぁあれ。
(東京テレポート側でもJR山手線との併合割引切符あるみたいですが、まあそうね。)


なんでも最初に誕生した時点では川崎大師に向かうための参拝客を運ぶ目的にて大師電気鉄道として発足したらしく、日本で三番目の電気鉄道、3ヶ月後には今の名前の元になっている京浜電気鉄道の名前となって、名前からすると品川付近から横浜へのルートってこの辺りから目標にしてるみたいですね。
東京市電との直通のち、横浜のほうに作った子会社との乗り入れのために直通廃止。
極めて大雑把な地域括りですみません、今は大雑把に神奈川県の三浦半島のほうに延びている私鉄って解釈でいいのかなぁ、とはいえ、その地域はいまだに同じ特性を残してますが昔から海運の地、そして軍事施設(やっぱり海軍系かな?)の地。
特にその辺が語られているわけでもなかったんですが、まー、ざっくり見せられてもこの辺はなんとなく見当が付かないでもないというか、当時の国鉄路線がやっぱりそれなりに早い時期から同じ方向に伸びて行く関係でなかなか苦しい戦いだったようです。
まあ、本腰入れられるとさすがに私鉄だと太刀打ち出来ないからなぁ。
今でもあれです、車両内の内装や、車両性能なんてのを見てるとその名残りが。
名残りがっていうかいまだにJRとの完全な併走場所ありますからね、東急に戦時中に買い取られてた話は別にいいや、京急の場合には特に重要な要素でもなさげだし。
一部路線の曲がりっぷりに驚くのですが、市街地に作ったせいなのかな?