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『美の巨人たち』建築シリーズ 布田保之助「通潤橋」

正直この回で出てきたアーチ橋というのが、一体どういうルーツで出来たのかがわからなくてとりあえずこの通潤橋というのを(おおお、一発変換した!)、検索してみたんですが、嘉永7年ってのは日米和親条約の年なんですね。

番組の中で語られていたように「種山石工」などという存在もあって、少なくとも石を使うということそのものは比較的一般的であって、この熊本の地にはそもそも石が多く算出するという条件があってこそ、という気もしますが、半端ないよねこの技術力ww

アーチってのは、正直、見た目は非常に複雑そうに見えるものの順序立てて説明されるとわりと簡単に作れるのですが(それこそパズルになってたし、古代の技術が失われたヨーロッパで最初に使われた石積み技術ですし)、だからこそ、こんな幕末の時期に実現されたんだろうとは思うものの熊本城の鞘石垣(武者返し)を取り入れて独自の展開を、と言われると、この布田保之助が一種の天才だったんだとしか思えない。

いやぁ、場所と時期があってたらもっと知られてたんじゃないでしょうか。

 

そもそもこの簡素な橋がなんのために作られたかというと、自分の持っていた台地の部分に水を通し、農作業に向く土地にしようとしたというのがその動機。

このため、逆サイフォンという技術を使い(どっから渡ってきたんだろう)。

サイフォンを完成させるために水路を完全に塞ぐ必要があったので石積みの間を八戸しっくいという近くの特産品で塞ぎ、欧州由来のアーチを使い、武者返しを取り入れ、複雑な地形の中でも強度を保てるようにし。

大変見事なことに現役です、そして観光客がたくさん来るようです、本当にこれは見たいこれは見たいww 石橋趣味の喫茶店マスターの趣味は大変素晴らしいと思います。