『八重の桜』#46 駆け落ち

京王線の駅に「蘆花公園」という駅があって(しかし蘆花公園には隣の駅から行ったほうが道がわかりやすいよw)、ここの会社の社史にも「うわあああん、のどかなとこに暮らしたかったのに鉄道かよぅ?!」みたいなことを嘆いているのが載せられていて、その上でどうも死ぬまで暮らしていたことはわかっているので。

なんでしょう、なんとなくぐたぐたな人だってのはわかっていたような気もします。

奥さんも一緒にお墓に入っていたんですが、同志社大学を作った関係者の娘さんだったら多少であっても触れられてる気がしたので、まあ違うのかな、と思って前もって調べなかったですが、うんまあ、そうか、こういう結末だったんですか。

 

今まで、というより、ここ数話に関しては女とこの時代という側面から話が進んでいった気がしていたんですが(しかし覚馬さんの娘さんもお孫さんもなんで全員母と別れなきゃならないってのは確かになぁ、本気で全員引き離されてるわ)、この回は弱い男という存在に焦点が当たっていたように思います。

なんていうのかな、女の弱さってそれはそれでドラマになるんですが、弱い男ってあんまりドラマにならないというか、単にお荷物って扱いになるのが常かなぁというのが正直なところの実感なんですが、徳富蘆花の、すでに世に出た徳富蘇峰の弟であり文才はあり、それでもなんだか決定的なところが弱い人物の弱音ってのは、案外この明治の時代を反映していたんじゃないかなぁ、とは思えました。

不義の噂が出た同志社大学の創立関係者の娘さんが相手で、当人もその立場が辛いってことは言うんですがあくまでも蘆花の身の覚悟と振り方だけが問題になるんですよね。

しかしまあ八重さんには言われたくないと思う、貴女の夫のが身分曖昧だったよww