「東京スタディーズ」吉見俊哉/若林幹夫

大久保の韓国料理屋の並ぶ通りや、池袋にある小さな中華街に関して聞くようなことが増えたのは多分関東周縁部に住む友人経由で、歩いて行けるような土地にあった大久保の街をテレビで聞くことがあっても聞き流すような生活を送っているわりと普通の東京者。
東海出身で、家人が東京を拠点にしているので昔から知ってはいるものの今更曖昧にしか認識していない部分も多く。東京ってのは仮の拠点にされるのに一番やりやすい場所だと思う。
多摩ニュータウンは違和感、というかなにか吹き出物のような存在として認識していて、東京の東側に浅草、上野、錦糸町・亀戸、新橋という4つの副都心が存在していると言われても、本の中で言われていた通り、ピンとは来ない。池袋、新宿、渋谷は旧都心とも呼ばれるそうで、なんとなくそれもしっくり行かない、ただ、それに逆らいたいというわけでもなく、受け流すのもわりと一般的なんじゃなかろうか。

 

あまりボリュームがあったわけでもないのだが、スケボーの能力によって住む場所を決め、そのために仕事を変える集団の存在や、家を持たずはみ出て生きる人々の非常に曖昧な外界の認識が語られていたのは物珍しい内容だったが。それ以上に繰り返されていたニュータウンやお台場や、ショッピング・モールなどに代表されるような紋切り型の新しい街並みへの違和感は、まあ最近よく見るようになった典型的な内容でしかない。
あくまでショッピングモールが郊外に、都市のミニチュアとして存在することはこの本の中では全く非難されておらず。否定されているのは、すでにある綺麗ではない街並みを破壊して、「都市」を人工的に作ることで、なんだって「田舎」の逆輸入をしなくてはならないのか、と、あんまり直截的でなく仄めかしていた。まあ同感。
結局東京はどこまでもどこまでも、外の人間のためにあるってことなのかなぁ。