「多摩川絵図 今昔-源流から河口まで」今尾恵介

多摩川ってのは大雑把に東に荒川・隅田川があって西に多摩川があって、という、水路が埋め立てられたり川が蓋をされたりしたせいもありますが、東京都の2大水系の一つであることには変わりなく、大雑把に武蔵野台地を作ったのも多摩川。かなり流域変えてきてるんだなーというのが近代の氾濫でも見て取れます。
奥多摩に幾本かの「源流」があって、青梅やら府中やら調布やらを通って稲城に川崎、空港のある羽田辺り(多摩川の河口ですね、新滑走路は多摩川の上に伸ばしたんだよ)まで、地名が変わってないところがそこまで多くもないのか。
調布なんかは上流から多摩川沿いに3箇所あるんだよ、と言われているんですが、今の感覚だとちょっとわかりにくいなぁ。献上するための布を織っていたんだとか。
個人的に府中を楽しみにしてたんですが、へー、大国魂神社って六所明神って呼ばれてたのか。下流で祠が流れて来た時に「これは六所明神のものだ」と大事にしていたエピソードが微笑ましかったんですが、多分違うなw てかそれなら返しに行けるよww

 

この絵図は江戸時代に『江戸名所図会』を描いた絵師長谷川雪旦に、関戸村(今の京王線聖蹟桜ヶ丘の旧駅名だよね、武蔵一の宮の近くの)の名主が依頼したものだそうです、ていうかこれはカレンダーかなにかにしたら売れるんじゃなかろうか。
個人的には絵葉書かなんかで欲しいです、結構あれこれ変わってるんですが、地名で察することが出来る部分もあるし、川沿いに村を一つ隔てて神社仏閣が多いのもちょっと不思議です、渡しで行き来出来たからなのか、そういや神社などは水害に晒されてない場所に作るって言われてますよね、今の世田谷の辺りにはなくて川崎辺りで復活してる気がする。
この地域の人間なら絶対楽しいです、土地への造詣も深い著者さんで面白かったー!