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「院政と平氏、鎌倉政権」日本の中世8、上横手雅敬/勝山清次/元木泰雄

院政の前が執権政治、で、こののちに武士政権の台頭があって、天皇親政がどの段階で志されたのかをちょっと思い出せないんですが、まあどの道すぐに駄目になっていたはずでこのあとが基本的には幕府政治…、と認識するのがいいのかな?
正直私、院政というものの意義というものがよくわかっていなかったので面白く読めるという期待をまるでしていなかったんですが要するに「現天皇には政治をさせない」(させると失敗する可能性があるから上皇になってから政治をする)、そして自分がその影響を及ぼせる時期に譲位をすることでその後の天皇の血統を決定付ける、という二つのポイントを告げられてから読むとあらまあすっきり、わかりやすいね?!

で、その前がやはり天皇に政治をさせない執権政治、この後は武家政権の台頭、なるほど、天皇そのものには瑕疵を付けないっての、確かに理に適ってる気がします。
執権政治が要するに藤原氏で、その専横を防ぐために院政が出来て、多少は上手くいったもののまたすぐに駄目になって、というのは昔から聞いていたんですが、そっちは正しかったように思うんですがこうやって捉えるべきだったのか。
上皇と別に「治天の君」という概念が提唱されていたんですが上皇が増えると当然その治天の君の地位を取り合うことになり、そうなるとまた外戚や後援者の力を借りなくてはならなくなったわけで元の木阿弥になったってことなのかww
平氏の場合はその外戚争いに参加し、源氏はその争いには参加しなかった、と言われているものの画策したものの上手く行かなかった、と認識したほうがいいんじゃないのかな、ということが言われてたんですが、なるほど大姫関係で語られてたのってそれか。
でも少なくとも平氏や源氏はちゃんと治世に参加してはいるよなぁ、なんか不思議。