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「神仏習合」義江彰夫

神仏習合 (岩波新書)

神仏習合 (岩波新書)

 

 

律令制のことをそもそも「初穂」による租税システム、と表現していたところからちょっとした感動があったんですが(まあ大雑把に初めて全国規模での統治が行われた時点、まだ東北北上途中で沖縄はよく知られてるように別の民族ですね)。
要するに祭りの一貫としてしか理解出来なかったんじゃないか、というのはよくわかる。
だがその初穂を集めるための口実になる「幣帛」を配ってるのに取りに来ない!! というところから一部地域の豪族が傾倒しつつあった仏教の力を借りるようになって、神から仏への転身が図られ、なのに本来の神はますます力を付けていきました、と妙な説明をされているのがそもそも神仏習合なのだ、と言われると、まあ言葉の上ではわかりにくいんですが、統治のシステムとしては別にわかりにくくもないよねww
(要するに政府も豪族も、祭りがやりたい民衆にも全員が上手いこと納得するのがそういう理論であって、もとの意味はそんなに重要ではなかったんだろうって話だよね。)
で、この神仏習合のシステムがまた揺らいだ時に出てきたのが御霊信仰なんですが、この御霊信仰に関してはさすがに中央政権が取り込みを図るには向かなかったらしく、何度か大規模に開催したものの人気がいまいちだったみたいでだんだん廃れたんだよね、という辺りで笑い崩れるしかなかったんですが。

この上の流れと同時に、もともとほぼ対等だった各地の村落から少しずつ富を溜め込む存在が現れ、神道はそれを拒絶するシステムだったが、仏教はその富を民衆に歓迎することで問題ないとしていた、という変化にも触れられていて二重に納得。
ただ、そこからの時代が「ケガレ」を中心に語られていて、ただの風俗や儀式までしか踏み込めていなかったのでちょっと消化不良ですかね、ただ前半の内容は良かったなぁw