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『東大寺-大仏の慈悲に包まれた天平の大寺』週刊 古寺をゆく02

南都の代表格の寺院って認識で多分問題ないと思うんですが、華厳宗の総本山。
最近はあんまり触れられることもないようなんですが、全国に展開した国分寺の総本山で総国分寺という名前もあるようです。
まあ権門寺院が目的なので今後もぽちぽちとこの東大寺に関しては読んでいくことになるようには思うんですが、権門寺院の筆頭格のわりにはわりと大人しいような気もしないでもないんだよね、東大寺
あれですかね、やっぱりここの大仏がもともと行基(聖武天皇が選んだ、どっちかというと怪僧に近い民間の人)に依頼されて頓挫したとか、開山の祖が良弁(ろうべん)がその真偽はともかくとして大鷲に浚われた伝説がある人で、その後母親と再会したと言われているのだとか。
この手の伝説ってあれだよね、民間人気が高いから語り継がれるんだよな。
(そういや春日社で見付かったって言われてるのかな? ご近所だなww)
何度か政治の事情に巻き込まれて燃やされたものの、どうも権力の中枢の庇護で再建されている様子もない、勧進ってのは要するに民間からの寄進だしなぁ。

そもそも平重衝の南都焼き討ちの段階では結構な領域が燃えたようなので、ここに残っている仏像なんかもそれ以降のものって考えたほうがいいのかな、などと思いながら見ていたんですが、ある意味で建物もいろんな時期に跨ってるしなぁ。
こちらの再建はわりと全土的に話題になっていたようです、美術の本で読んだしね。
大仏殿が燃えたのは松永秀久と三好三人衆の戦いの経緯で、これが再建されたのが江戸時代、だいぶあと。ううん、一応天皇が作った寺なんだけどなぁ。