「鉄道考古学事始・新橋停車場」遺跡を学ぶ096、斉藤進

鉄道考古学事始・新橋停車場 (シリーズ「遺跡を学ぶ」096)

鉄道考古学事始・新橋停車場 (シリーズ「遺跡を学ぶ」096)

 

 

新橋停留場というのはそもそも日本で始めて作られた鉄道区間である「新橋~横浜」間の最初の駅なんですが、東京駅が作られた時点で駅が手狭で移動して汐留駅という貨物駅になっていて、発掘されたのは確かわりと最近だよね、何度か話に聞いたことが。
このシリーズはどちらかというとひたすら発掘されたものに対しての様子や状況などに触れることが多いんですが、この本はさすがに近代の出来事であるためか、日本に鉄道というものがもたらされてから計画が行われ、この路線が作られるまでの人や技術などの流れもざっくりと触れていて、結構読み応えあったんじゃないかなぁ。
初期の本ってさすがにわりと読んでるんですが、あくまで経路などの実物に関して触れてるのであまり見たことなかったですかも。当時の東海道(街道)との距離などに関しても地図でわかるようになっているのね、その時点では兵部省が反対したのでその敷地内に入れず、ところによっては海の上に埋立地を作るしかなかったとか。
逆に内陸に食い込んでいることもあるんですが、いずれにしろ街道とはそこそこの距離とっていたんだな、まあ、この時点ではあくまで「横浜まで」だしね。
(本の中ではとりあえず明治2年の時点でこの東京~横浜の路線を枝線と明言してたりします、その後いろいろあったってことまでは特になかったんだけども。)

使われなくなったトイレ(便槽ってその認識でいいんだよね?)の中から当時の物がぽちぽちと見つかるってのがちょっとよくわからなかったんですが、どういう意味だったんだろうこれ。案外引越しの余波であちこちに散らばっていたものがトイレの中だけ残ったとかそういうことなのかしら。
てか、玉川上水の水を明治33年まで使ってたのねー、いろいろ感慨深い。