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『日本の美術73 備前鍛冶』広井雄一・篇

日本刀の「五箇伝」の一つで(要するに当時からあった概念ではないものの、大雑把に捉えるのにそれほど筋を外しているわけではない、と捉えるのが妥当かと、山城伝なんてのは本当にかなり早い段階から書物に挙げられてたりしたしな)、山城、相州、美濃、大和などと並ぶのがこの備前なのですが。
刀剣関係の人だと本拠地は備前って意識なんじゃないのかなぁ?
が、正直なところこの本が出た昭和47年よりはだいぶ知識が衰退しているようで、今まで読んでいる中だと一番二番に詳しいんじゃないかなぁ、参考文献に挙げられている書物も見かけたことないからな、ううん。
山城伝はそのまま推移、相州伝と美濃伝なんかはむしろ研究進んでる気がする。
大和伝は、多分ですけどこの時期からそんなに分厚くはなかった、かな、うん。

備前というのがちょくちょく誤解されているのですが平安末期から鎌倉初期、そのあとに入れ替わるように「一文字」が現れ(物は残ってるけど実際の関係は不明ってことでいいんですよねこれ、今まで読んでる限りではそんな感じ)、最初の明確な刀工集団として紹介されることもある長船が登場。
これが時代の流れによって相州伝などの影響も受けて後期長船となって。
あとなんだっけ、小太刀? 中間的な存在の備前刀工がぱらぱらっといるみたいに聞いているのですが、長船の大規模な水害でだいたい運命を共にしたって認識でいいのかな、刀工そのものは一部生き残ったんですけどもね。
もうちょっと産業寄りで話聞きたいんだけども、でも記録や系譜の残存度ってことだといつもよりだいぶマシだ! 現地の研究者とかに期待したいなぁこれ。