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「維新期の街道と輸送」山本弘文

1972年の刊行でこのあと一回増補されているんですね、あー、いかにも補足出来る内容ありそうだしなぁ。すごく大雑把にかつて江戸五街道が幕府の手によって整備され宿郷・助郷制度によってその負担を分担していたものの、そもそも責任の所在が曖昧になりがちな上、幕末の頃になると負担は増大、その補償すら滞るようになって争いが激化していた、というのがわりと東海道(ここがメイン街道って認識でいいのかな?)関係の資料だとお馴染みなんですが、この街道筋に明治政府の主導で「通運会社」というものが明治初期に立ち上げられ、その数年後に解散された、などの話になると中山道甲州街道などじゃないと記録が残っていない、という説明になっていたんですが。
東海道系はこれ、立ち上げに至らなかった可能性もあるのかなぁ、うーん。
というか、中山道のほうが例になってましたが、甲州街道系の府中宿、布田五宿、高井戸駅なども代表者だけ取り上げられてたんですが高井戸って駅なの?! というのが不思議でした、内藤新宿以前の甲州街道の一の宿じゃなかったんだろうか…。
駅ってのは馬などの交換をされるところの意味で、鉄道の停留所は初期の頃、すてんしょんなどと呼ばれてたのは聞いてたんですが、これ見てると無理もないなぁ、現役だわ。

その後、性質がよくわからないながら馬車会社が立ち上がり、中山道郵便(東京~高崎)、甲州街道(東京~八王子)、東京宇都宮間、陸羽街道、北海道函館札幌ノ間、京都大阪間が代表的だったようなんですが、なんかこれ、鉄道の元になったんだろうか?
他に牛馬による運送などもあるのですが、基本的に中山道系をメインとした今の埼玉県が全体的に強い感じですね、産業目的ではないかと言われてたんですが、なんかこう、まだまだ知らないことありそうだよなぁ、こういうの。