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「木戸孝允-「勤王の志士」の本音と建前」日本史リブレット人070、一坂太郎

木戸孝允―「勤王の志士」の本音と建前 (日本史リブレット人)

木戸孝允―「勤王の志士」の本音と建前 (日本史リブレット人)

 

 

この一つ前に読んでいた同レーベルの『大久保利通』が当人とその周辺くらいの事情しかわからないながら(でも他所で読んでいた情報との突合せにはあんまり不自由しなかったのできちんと配分されてると思う)、かなり読みやすい内容だったんですが、まあ日本史リブレットは広い事情を扱ってて読みにくいのが一般的かなぁ。
どうしても長州の木戸孝允、薩摩の大久保利通って比較されるだろうことを考えるとこういう違いそのものが悪いものでもないのかなぁ。
とりあえず木戸孝允さんは長州時代も明治政府時代も全く変わらないあれですね、周囲の暴走の押さえ役ですね…。個人的には心情描写が全くされていなかったにも関わらず処遇の中で「やってられるかぁぁぁ」というのが滲んでくるところとか良かったと思います。

 

とりあえずまず幕末の頃にまず長州が暴走を始めた頃は周知の事実なわけですが、その中で待て待て待てまだ待て、となんとか頑張っていたのがこの桂小五郎さん(旧名)で、明治政府になってからはいきなり岩倉使節団(明治3年)として大久保利通さんと一緒に国外に行ってしまったことの意味がよくわからなかったんですが、不平等条約撤廃、関税自主権の問題がこの時点ではもっとも重要な案件だったってのがどうも妥当な観点ぽいですね。
木戸孝允さんサイドからこの件を見たのがこれが始めてなんですが、ここに関してだけはそれが一番妥当な視点って気がします。)
で、森有礼がここで一気に、みたいに勧めたらあとで恨まれたのもこの時点の話か、しかし条約改正に至るまでに不備がありすぎたのでその間に舐められた可能性もまた十分。
幕末までは長州というより、当時の徳川幕府なども含めた全体事情のほうがわかりやすかったかもですね。しかし勅(天皇の勅命)の取り合いってややこしい話だな。