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「家康はなぜ江戸を選んだか」江戸東京ライブラリー9、岡野友彦

かつて江戸東京博物館におられた著者さんは時折質問を受けるそうなのですが、そもそも「江戸」という地名は一体なんですか、というところから詰まるらしく、まあ湊って意味じゃないのかな、というのが妥当なところですかね。類似の地名が結構全国にあるし、そこまで拘る必要もないんじゃないかな、という気もしますが。
とりあえず、「江戸」を豊臣秀吉から受け取った徳川家康はその嫌がらせに耐え、みたいなことが言われているものの、本当にそこまで江戸がなにもない土地だったのか、というのは微妙なところらしく。
ただ実際そういう言説は残っているんですよね、ただそれも、慣れない土地に連れて来られて苦労させられたら愚痴も大仰になる、そしてその次の実際に幕府設置以前の時代を知らない世代になると徳川の神格化のためにその記録が利用されたのではないか、という段階を踏んだのではないかと説明されると、確かにすごくありそうだよなぁw

で、この本ではかつて東山道に属しその後東海道(2本の東西大幹線、その2本しか西日本と東日本をつなげてるのは存在しません、現在ですらそんな感じ)に属した武蔵国に触れ、その府中のいささか特異な地位を語っていたものの。
実際の江戸って府中ともずれてるよね、実際にかなり海岸線を埋めた記録ってのも残ってる。水上交通拠点としては品川の辺りに品川湊が存在したものの、ある程度は実際に寒村に幕府を一から作ったって結論になっちゃったなぁ意外と。
延々と全くなんにもない土地ではなく、道もあって水上交通にも拠点であるのならば利は十分にあった、というのはわかるんですけどね。
あ、ただ鎌倉よりも江戸のほうが良かった、のは賛成。あっちは防衛重視で狭いw