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「天下の副将軍-水戸藩から見た江戸三百年」長山靖生

そもそも水戸徳川家が御三家になったのが一番遅かったというのはちょくちょく話に聞いているものの、「御ニ家」ってわけでもないだろうしなぁ、と半ば冗談のように考えていたんですが、あ、徳川家と紀伊徳川家、尾張徳川家で御三家だったのか、納得。
初期の頃は御三家以外にも将軍の跡継ぎとしての家が一時的に存在していたものの、むしろ小さな家のほうから将軍にして、大きな家は残していた、というのもちょっと意外だったな、ただ、よく考えるとあまり大きな家から将軍を迎えてしまうとコントロールしにくくなってしまうものなので、時代が進んで各家の独立性が高まってきても正直その状況は変わらなかった可能性もあるなぁ。
尾張徳川家が将軍輩出したことないってのも、そう解釈するほうが自然かも。)

 

「副将軍」というのはあくまで自称でしかなかった、そんな地位は存在しなかったというのはわりとよく聞く内容ではあったものの、江戸初期に自称していただけではなく、水戸家が庶民にもそう思われていたというのはむしろ面白かったなぁ。
いわゆる水戸黄門さま、2代めの水戸藩主も周囲からの評価高かったらしいしね。
えらい大きな人だったとか丈夫だったとか聞いていたものの、若い頃はやんちゃしていて、でも成長したら立派な人になったのだとか。
ただ、その後、家の格を高めるために土地の測量をした時にちょっと見栄を張って報告してしまったためにその後長い苦労があったとか。
水戸家藩主はほとんど江戸にいて、地元に戻らない分、戻る時には藩を整備しなければならず、その資金が捻出出来ずに地元に戻れなかったとか、幕末には藩主の周辺で非常にややこしいことになっていたとか、うん、全体的にわかりやすくて良かったです。