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「神武と応神「祟り王」の秘密」新史論/書き替えられた古代史2、関裕二

あれですね、私1巻の内容を勘違いしていて北九州に大和の出先機関があると主張していると思っていたんですが、北九州にヤマト政権と同じ形式のミニ施設があったことをその根拠として「我々こそが倭国(ヤマト)の支配者である」と偽称した卑弥呼率いる邪馬台国が存在していたのではないか、という主張だったみたいです。
偽称のために同じ構造の施設を作るという必然性を私が全く認識出来なかったので、説そのものを全く受け取り間違えていたことは申し訳なかったです。
(だって本元と交流出来ないからこそ偽称が成り立つわけだし、本元と交流出来ないのに本物と似せた贋物作って正直なんか意味あるのかとしか判断出来ないんですよ私には。)
ただ、上記の理由でないな! というのが結論になります。
そもそも建築で同じ構造のものを作るには少なくともその外装を知っている技術が近い集団が関係していないと無理だし、著者さんが別の説を語る時に話していたように、この時期には比較的海洋技術が盛んで大陸との関係もあったのではないか、と言われていたのならば近畿と九州のほうがもっと地理的に近くてそこまで断絶していたとは信じにくい…。

ただ、全体的な大枠には納得していないものの、九州と近畿、出雲、吉備などを大きく巻き込んだどちらが敵ともどちらが味方とも言い難い勢力争いがあった、と認識してもいいのではないのかなぁ、というのは結構説得力があると思えたんだよね。
というより、『日本書紀』で縦の時代軸として並べられていた各代の天皇たちが、ヾ時代に各地の有力者として展開していた人物たちを並べ直したものではないのか、という案に関してまではほぼ同意しているような立場です。
けど、この人の並べ方ではちょっと納得いかない、神功皇后は面白かったけどねw