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『奈良市史』通史2

とりあえず私、平安京以前の都ってのがよく構造的に理解出来ていなかったんですが、藤原京がまず計画的に作られ(短期間で放棄されたのは確定だよね? 理由はいまいち未確定、要因らしいものはぽちぽち)、それから平城京の計画が作られまして、その後がよくわからなかったんですが平城京が完成しなかったと。
奈良に寺院を置き去りにして京都に去った、ということが時々語られてますが、そもそも寺院を都近くに置くこと自体もそんなに歴史長くないよね。
結果的に奈良が宗教都市になったってのもなんとなくはわかるような。

で、その事実上の支配者が興福寺
ただし一番偉いのは東大寺、庶民人気なんて意味でもここが一番なんじゃないのかなぁ、興福寺が燃えたところで特に反応なかったのが東大寺と一緒に燃えた時点で天下を引っ繰り返すような騒ぎになっていたしね。
その関係なのか、ううん、なんとなく棲み分けみたいなものが形成されていたのか。
僧兵などが神木(お隣の春日社から借ります)を抱え、自分たちの要求を通すためにそれを移動などしていたり(これが強訴)、神木を運ぶ「強訴」集団同士のぶつかり合いがあったり、それほど宗教関係者として微笑ましいとは言い難いものの。
あくまで土地の支配者として捉えた場合、かなり穏当な気がして来たんだよね。
いや、興福寺がただの宗教の範囲で活動していたのならば本気で暴れすぎだとは思うものの、政治に噛んでてこの程度で済んでるのなら、あるいは平和だったかも。
この本では鎌倉末の騒乱には巻き込まれず、室町の応仁の乱にはちょくちょく関わりますが、うんまあ、あんまり外部の影響は受けない土地なのかもなぁ。