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「東日本最大級の埴輪工房・生出塚埴輪窯」遺跡を学ぶ073、高田大輔

東日本最大級の埴輪工房・生出塚埴輪窯 (シリーズ「遺跡を学ぶ」073)

東日本最大級の埴輪工房・生出塚埴輪窯 (シリーズ「遺跡を学ぶ」073)

 

 

要するに最後まで読んでこの「埴輪工房」というのが一体なんなのかが全くの謎なのが特徴だったのですが、稼動していたのが5世紀から7世紀ってどのくらいの時代だっけ、ナクヨ鶯平安京があれは8世紀だよな(701年からが8世紀)。
だがしかし、かなり時代が都作ってるような時代に接近してない? みたいな気持ちは多分これは間違ってないよね…。
で、そのせいなのかなんなのか、見事に丸いです、可愛いです。
そもそも東国のはにわってなんとなく全体的に丸いんですが、写実性があんまりないというか、せいぜい正確に作られているのが家の埴輪の屋根くらいなんですが(当時が何製の屋根だったかな、というのを見当付けるのに博物館で利用されていたのを見たことが)、すでにモチーフとして完成されていて、簡略化されているような気配を感じるのですが気のせいなのでしょうか、正直、タイトルでも工房って表現されてるけど、呪術がどうのというよりも装飾用の商品って言われたほうがしっくり来るぞ、そして私も欲しい。
馬と鳥がいいです、どこかで売っていないでしょうか、自分で作ってもいいけど。

そもそもこの遺跡の名前が生出塚「おいねづか」であって、小杵(オギ)族の墓である「オイネ」が訛ったものではないか説などが紹介されていたのですが、この見慣れない響きの一族がそもそもなんだ?! というところからしてさっぱりわかっていない私には宝の持ち腐れ情報というか。
結局東国はどのように勢力が分布していたんだかよくわからない、武蔵国の権力争いを相模国でやってたような(すごく迷惑)様子もこないだ見たんですが、どうなんだ一体、関東ローム層の土に砂を混ぜ鉄分が酸化したので赤いんだよ、すら驚きの情報です。