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『日本古代中世史 '11』#14「近世を準備する戦国社会」

そもそもこの今川氏は「桶狭間の戦い」で信長に奇跡的に負けてしまった側ということくらいしか知らない人も多いのではないかな、と思うんですが、実際どうなんだろうね、なんかだいぶ妙なイメージが付加されてたらしいってのはちょいちょい聞いてたけど。
んで、大雑把に足利義教(6代)時代にだっけ? 家督争いで幕府からの介入があり、それ以降はわりと幕府に協力的な存在だったとか、なんとか。
あと私、守護大名とか戦国大名とかよくわかってなかったんですが、守護に続けてなれるような家の格だと大名みたいな説明は正しいんだろうか、完全な間違いではなさそうなんだけどね。
で、足利氏が国司と国を半分ずつ所領するという名目で作ったのが守護職
今川氏の場合はこの守護大名が自力で領土を広げていった、つまり戦によって分捕っていったために戦国大名となった、という認識でいいのかなぁ。

 

それとこの中島さんの講義は社会背景としての説明はわりと面白いんですが、やっぱり個々の事情だと微妙に古い気がするなぁ。
あれだよね、鎌倉公方に関しては上杉氏との戦に負けて鎌倉に入ることが出来なくなって堀川までしか辿り着けなかったってあれだよね。
(その堀川公方の血からのちの足利将軍が出たりもしてるんだけどね。)
今川氏なんかの勢力範囲だとか、当時行われた領地管理なんてのはほぼ疑う気はないんだけどねー、この人自体の独自調査じゃないのかなあれ。
いっそこの人で桶狭間の戦いを扱ったものも見てみたいんですけどねー、文化程度は高かったらしいけど、どういう評価しているんだろ。