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「あなたの知らない法然と浄土宗」歴史新書、山折哲雄・監修

 

読書メーターを見ても地味だ地味だー、と言われていたんですが、なんだろう確かに、でも、この人の周囲には妙にアクの強い存在がいるともまた言えるわけで…、みたいなことを考えていたんですが、要するに旧時代と新時代をつなぐ穏当な性質であって、自分の方針と弟子たちの方針が違っていてもそれ自体を許容したというところに地味だと感じられてしまう要因もありそうだし。
そして孫弟子(浄土真宗親鸞)はやたらと喧嘩売ったんだよね? ということにもなるわけですね、弟子には特に周囲に喧嘩売るような存在がいなかったことを考えるとまあ、なんとなくですが人柄みたいなものが逆算出来る気もしないでもないなぁ。
あれだよね、要するに新思想が現れるまでの揺り篭みたいな存在だったのかもしれないな、ということを考えると、別にそこまで地味っていう印象にもならないか。

 

で、鎌倉新仏教が「新しい」のか、それともそうでもないのかというのはわりと意見が別れているというか、実際には民衆寄りの展開が前からあったんだよ、みたいなことは聞いてまして、確かに平安後期からの現世利益を求める系統の動きが仏教から始まり(これが御霊信仰)、神社にも呼応する若宮信仰が存在する、確かに庶民の方向は向いている、ものの、この時点でいわゆる悟りだ救いだってことまで到達してないんじゃないのかなー、ということをふと。
そして、浄土宗の法然さんにも浄土真宗親鸞さんにも少なくとも庶民が眼中にはあるんだよね、その度合いややり方みたいなものは違うんだけども。
それ以前の国家公務員的な存在は権門寺社が引き続き担い、今の寺に近い存在になったのはこの時期っていう認識でもあるいはいいんじゃないかなと思うんだけどどうかな?