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『日本の美術465 山岳信仰の美術-熊野』中野照男

別のところのブックレビューをまとめていて、熊野三山が今の三社体制(っても、なんか妙にあやふやな説明されていてどこにどなたがいるのやら、一体化してるって漠然な認識でいいですよ的にも言われていたんですが)になったのが永保年間よりも前だろう、と言われているので白河天皇の時代らしく、知名度あるとは言わないけど一応見覚えがある方だよなぁこれ…。
で、延喜式などではまだ二社体制なのだそうです。
そういや前にも宇佐八幡宮が朝廷から祭神を受け入れていた時期を見ていたら、やっぱり結構あとの時代で「あれ」と思ったことがあったんですが、その辺の事情に関してももうちょっと前後の見当くらいは付けられるようにならないとなぁ。
(大雑把に上古のことかなと思っていたら中世だった、という程度のニュアンスです、記録なんかがもういつの時期ですよ、という明記と共に残る時代ですね。)

 

そしてそもそも「海の修験」「山の修験」と言われていたところも全く思い当たるところがなく、修験道なんかは空海最澄の持って返ってきた密教系統の影響も受けていたように思うので(あと、どう考えても道教の影響もあると思うんだけど、あんまり言及されてるのを見たことがないんだよな、空海さん絡みでたまに見る程度ですね、道教)、平安後期くらい以降の話なので、知っててもおかしくはないんですが、どうにも心もとないですね、というか、熊野古道の範囲もわりと初めて地図で見たようなところがあったんですが、伊勢神宮から始まって熊野、高野山などにも脇道が延び、大阪を経由して京都、となっていて、あれ、南都は通らないの?! と初めて認識しました…。
しまった熊野だけの本じゃないんです、神仏習合の本ではあるけど、山岳信仰ですね!