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「頼朝と街道-鎌倉政権の東国支配」木村茂光

ここで出てきた街道というのを少し掴みかねていたんですが、本の後半で出てくる東海道と、前半で回っていた土地は結局鎌倉街道と呼ばれる道でつながっていた辺りの地域ということになるのかな。
が、古道としても大動脈で、江戸時代にも結局継承された東海道ならばともかく、鎌倉街道に至ってはその正確なルートもわかってなかったはずだよね。
なのでまあ、街道というタイトルになってはいるものの、街道の周辺資料というか、これ自体が補足研究みたいな位置なんじゃないのかなぁ。
個人的に面白かったのが、京都との間を往復する時に行きと帰りで別の宿場に止まりかなり時間を掛けていたらしいこと、その前後に宿場が設置されていること。
そもそも本来の旅程よりも明らかに時間を掛けていたらしいこと。
それと同じような各地の行脚もすでに前から行われていたことなど。
確かにこの全体の流れを見ていると、周辺地域に関しての安堵というか統治に近いような意識があるようにも見えるなぁ。
 
そもそも確か、鎌倉幕府に関しては(以降の室町、江戸に関しては統治の意思があったとは見なされてますが)、本当に統治を行う意思が最初からあったのかそこから意見が別れていて、あるいは周囲からの求めで徐々に初めて行くことになった可能性も、と言われていたこともあったのですが。
個人的には東国武士がある程度の気配りをしないとならなかったという事情があるにしろ、統治の意思があり、そのために街道も重視されたのでは、というようにも見えるよね、そして鎌倉の土地は、あくまでもその利便性のために選ばれた気もするかなぁ。