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『日本の美術129 中世の神社建築』福山敏男・編

このレーベルの神社や寺院の建築に関してはぽちぽちと見てきているんですが、この時代区分に関してはどうかなー。
どういうわけか吉田神社の話を延々と聞く嵌めになっちゃったんだよね。
吉田神社ってのはまあ、なんでやたらと存在感があるのかがわからなかったんですが藤原氏氏神だったのね、春日大社があるじゃないか、という意見もあるんだけども、あれは奈良にあるしなぁ、京都に新しく作られた春日大社(ここも勧請された側なのであんまり妥当な表現でもないのかもだけど)の分社みたいに考えればいいのかな? ただし本社との関係は切れ気味、と、まあ京都にあるとそうもなるかもなぁ。
そして江戸時代には吉田神道とまで言われるような神道優位の展開をしていったという認識でいいのかしら、ということは当然、本拠地は江戸なので、うんまあ、中世の頃の建築としてのモデルケースという出すにはいいんじゃないかとは思うものの。
こういう若干の特殊例に話が終始してしまって、それが神道全体への言及へと広まるわけでもないってのはなんというか半端な感じ。
いやまあ、あくまで建築の本なので神社単体の事情以外は関係ないということなのかもしれないものの、影響下にある場合、多分建築様式にも関わることあったろうしなぁ。
大寺院なんかのお下がりを受け取るケースってわりとあったよね、吉田神社にその手の展開があったかどうかは微妙ですが。
 
あとは権力者御用達で民衆の人気はなかった後白河法皇の新熊野、新日吉、粟田神社だとか、写真に多かった八幡関係は武士らが作ったって認識でいいんだよね、中世だし。
神社建築で「中世」という区分がね、やっぱりいまいちだったのではないのかな…。