『美の巨人たち』鈴木春信「雨夜の宮詣で」(日本)

鈴木春信−Wikipedia
(1725−1770.07/07)


標準よりは上、というか、多分熟練の腕と、優れた色彩感覚を持ち、平賀源内を同時代というか友人に持ち。ちょうど浮世絵の多色刷り「錦絵」が一般的になっていく時代に上手く乗っかってついでに女の子を一人“江戸のグラビアアイドル”に仕立て上げ。
けれどなんだか、彼女の結婚と似たような時期に姿を消し。
どうも死んでしまったんではないか(しかし死因が完全に不明)、とも言われているなんだかちょっと半端な印象の方ですが。Wiki君では死亡日時が明記してあるんですよねぇ、ちょっとその辺が謎。


こっちもいまいち謎の人、平賀源内さんが作ったのは印刷に使う時に、紙を一枚ずつ固定するための“見当”と言われる部分で、これがあるために何色もの色が使い分けすることが出来るようになった、という非常にシンプルな話で。
そもそも絵を描いても色指定は人任せだった当時の浮世絵の中にあって。
彼だけは縦横無尽に色を使い尽くしていたようですよ、いや実際大変に美しい。
そして江戸の庶民の中にも広まっていた謎解きの絵でもって、名を挙げ、茶屋にいた美人さんを絵に描いたことで彼女が一躍有名になり、彼女が有名になったことでさらに名声を得たという悪くはない話。
その当人の死と彼女の結婚でぷっつりと途絶えてしまうわけではありますが。
しかしまあ、錦絵はそれから、順調に発展してくんだろうなぁと。