「都電百景百話」雪廼舎閑人

昭和58年、1982年の発行ということは都電が荒川線を残して全て消えて14年後、ということになるのかな? そもそもこの著者の方がよくわからなかったんですが(内容からして鉄道関係の方だと思うんですがこの本とこの続刊以外で名前が出てこず、あとなんか本の内容が複数著者っぽい気がするんですよね、特殊なペンネームとかかな?)、この年代の本ってことは戦前世代の方の可能性も高いのかなぁ。
ちょっと珍しいというか気になったのが、写真に写ってる風景の部分がそもそも市電時代以前、三つの私鉄だった頃にどこが作ったんだよ、ということがぽちぽちと載っていた部分でしょうか、一番最初に作られた路線(東京電車鉄道、愛称は東電)がもとは馬が引く馬車鉄道だったんだよー、とか、三番目に作られた外濠線(東京電気鉄道、ややこしいw)がわりと街の外側、環状運転に近いようなことをやっていたというような部分は別の本で読んだのですが、それぞれの路線を実際に見たことはなかったんですよね。
今まで正体がよくわかっていなかった敷石、路線の周囲を石畳で覆っているのが二番目に作られた街鉄線(東京市街鉄道)の特徴なんだよー、というのはこの本で知ったんじゃなかったっけ。どうもそれぞれの私鉄の路線は、その後の三者合併時代も、さらにその後の東京市への買収後ももとの特徴を残していたようなんですよね。
さすがに車両なんてのは戦後までの間にすっかりと統一されてしまったんですが、路線にはぽちぽちとその特徴が残っていたよ、というのが面白かったです。


基本的には市電の本などは街並みに関しての言及や、路線のすぐ側にあった大きな公共施設などへ触れることも多いのですが(だから戦前の方かな、と思ったのもありますね)、その辺に関しては私はちょっとピンと来ない、でもこれ近くに住む人は違うのかなぁw