『仕事学のすすめ』安藤忠雄「自ら仕事を創造せよ」#4 仕事は一人では出来ない

現在安藤さんの仕事の7割が海外、と聞いて、ああ、新進気鋭の方だとわりとよくあるパターン…と思ったらよく考えたらキャリアは日本で積んでるはず、と思ったら万国博覧会だったのですか、1992年のスペイン南部アンダルシア州のセルビア万博で日本館を作った時にどうしても日本から運ぶの無理あるからね、と日本と現地の混成チームを作りまして、あとから考えるとどうもそれが良かったみたいね、とご自分でも。
ていうか、この人の場合はもともと作るものが複雑だからちょっと持ち出しだけでは無理かもっていう物理的理由だったみたいなんですがねw
その後、イタリアのヴエネツィアからもかつての総督府を再利用した美術館だっけかな? を依頼された時も、もともと建築に強い土地柄なんだから別にわざわざ日本から呼ばなくても、という当然の現地の反発もあったんですが、特に日本からの持ち出しもなかったし現地の人たちの言うことも聞くし、といういつもの調子で宥められたようで。


海外からの発注も増えたよ、ということで社員さんたちに対しての英語教育も始めまして、その日もちょうど中国で行ってる完成間近の建物のご紹介をディスカッション形式で行っておられまして「中国の建築水準低いのかな、と思ったんですがそんなことなかったです」「日本との美意識の違いはありましたか?」「アメリカで建築の教育を受けていた人たちだったので特になかったですね」などという会話も。
最初はあんまり気が進まなかったようなんですが、英語を取得して来ると不思議と自分も行ってみたいな、という気持ちになるらしかったですよ。
でもあれだよね、安藤さんの教育というか、この人って身構えずになんでも知りたがるし、その場で自分で確認しようって方針があるだけのような気もしますね。シンプル。