『都市環境デザイン論’10』#14 マスターアーキテクト・マスタープランナー

パリの歴史を見ていても都市構築の文章を見ていても時々名前を聞くジョルジュ・オスマン氏なんですが、この方が知事をやっていたのが1853年~1870年まで、というところまでを確認してみて、あ、セーヌ県のなのか?! とちょっとびっくり。

今とは行政単位違ってるのかな、そういや市長じゃなくて知事って呼ばれてるわ確かに。

近代との狭間の頃にパリの大改革をした人物で、要するに都市計画の走りか。

日本だと有名なのが関東大震災を挟んだ後藤新平辺り、さすがに有名なので割愛。

 

横浜市の市長の飛鳥田一翔と彼が任命した副市長の田村明、戦後の代表的なアーバンデザインなのだそうです。概要は1.都心部強化計画、2.港北ニュータウン計画、3.金沢地先埋立計画、4.高速鉄道計画、5.都市高速道路計画、6.ベイブリッジ計画、これどのくらい実現されたのかなぁ。

ホノルル市長のジェレミー・ハリス、この人は生物学者だったそうですね、その理論を一部都市計画に利用したようで。そういや後藤新平ももともと医者で見出されたんだっけ。

ブラジルの有名な計画都市であるクリチバの計画者も市長のジャイメ・レルメル、ですが、おお、さすが、この人はもともと建築家と都市計画の人だ、これは成功した一因にもなったんだろうなぁ。

日本の小布施は宮本忠長、この人は母親が知ってたんですが学者ですね、アドバイザーという位置から意見し続けていたそうです。ある程度規模が小さいからこそという気もする。

最後に出てきたのが滝川市、これは、なんと表現したらいいのかな、民間からの草の根的に発達したようです、商店などが中心になって、の「町興し」だよね要するに。

土地柄や規模、なにを目的にするかでやっぱりこの辺変わってくるんだろうね。