『住まい論’10』#9 居住縁による「共同の住まい」

そもそもこの回の講義内容からして、家族や血縁などの共同住宅は範囲外なのかな? と思いつつ聞いていたんですが、あ、なるほどなるほど、最近2世帯住宅などの独立性の高い住居が存在している関係で、共同住居の段階として触れてるんですね。

2世帯、3世帯住居ってのはよく聞いていたんですが、それぞれの部屋に別個の入り口がある家なんてのも今は存在してるんだなー(共同スペースはその内側に存在しているわけですね、プライベートがほぼ完全に確立されていて、人を招くことがあんまり前提じゃない日本ならではって気もしますね)。

この変化は、家族を通して世間と触れ合うか、それぞれの家人が独立して世間と接するかの物理的なだけでなく精神的な側面からも語られていましたが。なんとなく納得。

 

現在はやはり大家族というものが減って来てしまっているために、もともとの他人同士の住居なども数多く存在しているのですが、その中でも特に取り上げられていたのがコレクティブ居住、単独住居スペースの他に多機能の部屋を共有するシステム。

シェアード居住、昔の長屋の改良版で、家の外に共有の集会場などを持つようです。

どっちも必ずしも金銭的な意味だけじゃないんですよね、ルームシェアなどのそもそもの住居部分の共有とは違う、プラスアルファの価値を求めての形式になってるわけですね。今の日本ならでは、という気もしますが、高齢者の方とか特に金銭的には余裕あるからな。

それと、これが一番聞くことが多いような気もしますがグループ居住。

老人ホームとか障害者の方など同じ環境の方らの共同生活なんですが、ヘルパーの人などの手は借りるものの部屋自体はやっぱり独立性が結構高かったりするんだよね。独立性と共同生活とのバランスだよなぁ、それぞれ比率が自分で選べるのが重要なんでしょうね。