『環境工学’13』#11 自然共生社会(1 生態系サービスの考え方と自然共生社会

この回で出てきた「生態系サービス」とはなんぞや? というのがずっと気になっていたんですが、ああ、いわゆる“自然の恵み”を概念にしたのか、内実は供給サービス、調節サービス、そして文化サービス(バイオミミクリー)と別れるんですが、若干こう表現すると身も蓋もないというか。正直これはこう表現しただけでどれがなにかはわかるよね。

ただ、こうして分類して分析することは、川の汚染によって油が電車の窓から飛び込むとか、水が臭くて飲めないとか公害病とか、地盤地下で生活そのものが危ないとか、そういうレベルに至ってない環境異変の説得には有効かなー、とは思えないでもないか。

その手の表現って苦手とか嫌いな人はとことん反発しますしね…。

なんとなくですが、オカルトを語られているような気分になるんじゃないかと思えるんですが、実際のところ自然共生社会や生物多様性などの単語に代表される状態ってのは、自然が蓄積したものを人間が使っているだけに過ぎず。

資源を使い尽くしてしまえば、その回復能力もろくに持ってない、時間が過ぎるのを待つしかない、というだけなんですけどね。プラスチックも金属も、科学では作れませんし、加工するだけって自覚がないと、まあ、なに言われてるかわからなくもなるのかなぁ。

とはいえ、感覚でわからないものを自然の雄大さとか、自然の恵みとか人類の罪とかの単語だけ並べ立ててもそれもそれでなんの進展もないかなとは思います。あははー。

 

生態系と生物多様性の経済学(TEEB)、今後どのように環境対策を進めていくか、ということも語られていたんですが、やっぱり発展途上国とそうでない場合の差異がなぁ。あと、やっぱり一旦感覚以外の部分で理解する、という行程は必要だなと思います。

環境の一角崩しただけでどうなるかわからない、科学のレベルなんてその程度なのよね。