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『産業立地と地域経済’12』#9 ローカリゼーションと産業集積論

この回の最初の辺りで紹介されていたイタリアの、フィレンツェのほど近くクルアートがかつて1980年代だったかな? 1万5千を超える工場群があったものの(生糸から紡績までってだいぶ範囲広いよなぁ)、現在は7千を下回る上に2割が中国系工場に、って、うわあ、イタリアってそういう工場あるんだ…。
他に挙げられていた鯖江の眼鏡もいろいろ厳しいって言われてるしなあ。
どうもこの辺のいわゆる中小工場が寄り集まってるのが旧産業集積論で、対比される事情が産業革命産業革命というものがなんだったかわからない、ということを聞くことが最近たまにあるんですが、そっか、産業立地論から考えると単なる機械化のこと指すのか。
そりゃそうだよなぁ、そもそもそうでないと大量単一製品なんて不可能に決まってるし。
社会学から考えるんじゃなくて技術的な面から考えるべきなんだろうね。)

 

で、んー、新産業集積論は少数多品種というか、複数の商品をばらばらの量で作るという変化が起こるという前提のもとに成り立ってるようですね。
まあそうだなぁ、社会が熟成したらいろんな趣味やライフスタイルが出てきて必要なものというものも変わるよね、その場合にプログラミングによる工場製造が一番効率的なラインが存在し。少量の場合手作業のほうが安く上がるラインなんてあるんだ…。
てことは、最近の歴史的産業の隆盛って、ひょっとして最初からある程度理論付けられていたのであって、原点回帰とも限らないのか。うーん、複雑な気分。
この新産業集積論は企業の縦のライン(下請け孫受け)とも限らない例が挙げられていたんですが、これ多分日本海側にあったっていう各社の部品倉庫だよね。洪水で一斉に機械部品が止まったって記憶にあるなぁ。