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「聖徳太子と鉄の王朝-高句麗からよみとく飛鳥」上垣外憲一

最近ちょくちょく物部氏だとか、蘇我氏に関しての記述を見ることがあるんですが、えーと、先に蘇我氏と対立して滅ぼされたのが物部氏で、「大化の改新」で倒されたのが蘇我氏、でしたっけか(中大兄皇子藤原鎌足とが結託したという)。
で、えーと、仏教の取り入れを推進したのが蘇我氏で、反対したのが物部氏、とはいえ別に弾圧者などではなかったのではないか、と言われていたんだっけ。
ところが軍事関係の専門家が蘇我氏で、物部氏が外交に関しての担当だったのでむしろ仏教に関しての造詣は物部氏のほうが深かったんじゃないか、という指摘もありました。
その上で当時は半島から鉄を輸入しない限り実用に耐えるような精度がなかったのではないか、ということも多分全体の論調と関わってくるんだよね。うーん。

本の前半で勢力を左右したのが鉄(要するに武器供給)、後半で重要視されたのがむしろ統治の道具ともなった仏教、という感じだったのですがあくまでも鉄の流動に関しては踏み込んだところが語られていないのでほとんど仏教メインみたいな内容だったかも。
まあ、平安京に至るくらいまでの時代(東大寺が作られるまで仏教の牽引役だった聖徳太子が作ったという道場なども出てきてましたが)は、従来神道から仏教へとシフトしていったみたいな認識してもそんなに問題はなさそうかなぁ。
あとあれですね、そのあとの時代に神道仏教の影響を受けての再構築をしていくみたいな感じかな。神道から仏教色を本当に抜こうとするときちんと成立しないなどとも言われるような由縁ですね、まあ明治期にやっちゃったんですけどね、おかげで今でも酷いよね。
そもそも初期は尼僧が仏教のメインであって、尼寺しかないの不便だよね、と言われていたこととか、もう少し一般的に広まってもいいように思うんだけどね…。