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『美の巨人たち』建築シリーズ 徳川家康「名古屋城」

そういえば私は愛知出身なんですが(市町村合併で故郷なくなりましたのよ)、「尾張名古屋は城で持つ」の意味をよく知らなかったので調べてみたんですが、『伊勢音頭』って歌の冒頭部分の歌詞なんですね、よく意味がわかりませんとか言われてますが多分この部分で全部なんだ、当時どういうニュアンスだったんだろうw

そもそも徳川家康豊臣氏を向こうに回して全国制覇を狙っていた時期に、本拠地、最終地点として徹底的に戦う城として作られたもののの、わりと順調に豊臣氏を下すことが出来たので名古屋城の出番は結局一度もなく、その後、関東の地に幕府を開くことになり、最強にして一度も戦ったことのない城っていう…なんか名古屋城らしいわこれww

現在はわりとがりごり敷地が削られてまして、屋根の上に乗ってる海老天も外からよく見えるようになりましたし、夜になるとライトアップもされますね。残念という向きの人もいるのかもしれませんが、知りません。

だってそのほうが名古屋城らしいと思うんだ、個人的には!

徳川家康が現代に生きてたらわりと容赦なく実用的に改造してくと思うんだ。

 

ちなみに城壁は大名が作ったとのことで、大きな石には各大名のマーク入りで、現代まで残ったよ、というなかなかのものですね。ええ、なかなかのものだ。

御三家の中でも尾張藩は、一度も将軍の地位に着いたこともなく、さりとて争いに巻き込まれたようなこともなく、江戸二百年の歴史の中で全然表舞台に出てこない。

あとこう、戦時中の空襲で天守閣がやられてしまったものの、当時の自治体に直すような余裕があったわけもなかったので市民の寄付で生き返りました、そもそもあれ市民製か!

なぜ百メートル道路と一緒に語られたかわかりませんが、あれで合理的な姿なんだよね。