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「大仏造立の都・紫香楽宮」遺跡を学ぶ020、小笠原好彦

どうも正直ここに出てきていた紫香楽宮というものがまずよくわからなかったんですが、同じシリーズにある同じく近江が主題の『藤原仲麻呂がつくった壮麗な国庁・近江国府』との前後関係も恥ずかしながらよくわからず、とりあえずここの関係者である聖武天皇と共に検索してみたんですが、5歳違いの同時代人…だよねこれ?
そして正直、一旦この「紫香楽宮」に遷都したものの、山火事が続き地震までが来たので平城京に還都するしかなかった、というのが、どうもどこかで祟りとして説明されていたような気がしてならないのですが、正直上の本でも国分寺指定されてた寺がよく燃えてたなぁ、ということを思い返すとなんとも言えない。
国分寺じゃないと燃えないのに国分寺指定になると燃えるんですよね。
(そもそも私、国分寺がそんなにぽんぽん移動するものだという認識なかったよ。)

まあ、あくまでもこのシリーズは遺跡がメインなものの、世間的には怪僧に近い扱いだった行基とその「知識」衆がここの地の大仏造立を請け負ったことや、複数の都が並立していた時代があったものの、唐でもともと行われていた複都制を理解していたというわけでもなく、形だけだったのではないかとかもとの情勢もややこしいんだよな。
そういえば「南都」と奈良を呼ぶ場合に、どこかの土地から見た南だろうと思っていたんですが近江のこの紫香楽宮からだとほぼ真南だから辻褄が合うのかなぁ。
都が並立していた時代があったのだとしたら自然にそう呼ぶ気がしないでもない。
そしてそもそも国分寺国分尼寺の建立を各地に申し付けたのも聖武天皇の時代なんですね、なんかもう大概頭の中がごちゃごちゃしててわかりにくいな。
一回土地と人物と出来事通しで見ないと駄目かな、藤原氏絡みもわからん…。