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「明治期地方鉄道史研究-地方鉄道の展開と市場形成」鉄道史叢書1、老川慶喜

とりあえずこの本の中で一番面白かったのが銚子港の話で、多分「港」って言ってるけど実際には当時は「湊」だったんじゃないのかなー、とふと(神奈川湊ってのがあったのでなんとなくそれ思い出してました、んで近くに新しく開いたのが横浜港)。
ご存知鉄道の父である井上勝氏にも鉄道よりも水運のほうを先に整備すべきだろう、というようなことを言われてたんですが、もともと銚子港ってそれそのものが東北からの荷物の入り口だったんですね。他にも醤油や味噌などの二次産業が今でも有名で、一次産業も数字に表れてるほどでもなかったんだけどそんなに少なくないんじゃないかなぁ。
で、この次の章がいわゆる「東北線」についてだったんですが、これは確かこの路線を作る前に全国的な飢饉があって、それでこの地域はそれまで鉄道を後回しにしよう、という発想だったのが(それこそ水運があったからだろうね)、急遽鉄道を作ったんだよー、ということを聞いたことがあるんですが、残念ながら載ってなかったんですが。
いや、すみません、でも、ここ以外にその条件に該当する路線ってないよね…。
それと、この東北線の章で語られていた井上勝氏の大宮~宇都宮間は作りやすいから問題ないとして、先に福島までの路線作ったほうがいいかも、というのは後の常磐線ってことでいいのかなぁ? というか井上勝さん、やっぱり私鉄反対だけじゃなく冷静に判断してるよね。
この計画のほうは野蒜港が立地の問題で整備されなかったために頓挫したのではないかと分析されていました、それだとちょっと仕方ない面はあるのかな。

 

他に八王子~東京ルートと八王子~横浜ルートの争いや(甲武鉄道ですね)、埼玉県下の両毛鉄道、東武省線などの争い。同じ埼玉県の馬車鉄道計画(ほぼ頓挫)など、正直歴史が断片になってるので詳しい人か当時の世相に興味がある人かどっちかかな。