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「完訳フロイス日本史(1」将軍義輝の最期および自由都市堺-織田信長篇1、ルイス・フロイス

 

とりあえず「あまりにも冗長冗漫」ということでマカオの宣教師に本国(えーと、スペインだっけ? イエスズ会だよね)に送られなかったと言われているのが納得の内容だったんですが、この本の中で一番酷いなー、と思ったのが祇園祭
こんな原始的なものに熱狂するのならばキリスト教を信じるべきだ!! みたいな。
あまりにも典型的に駄目なんでさすがに読んだのを後悔したのですが(それに祭りそのものってそんなに国による違いないよねぇ?)、その少しあとでなんか寺社巡りをするようになるのであとちょっとの我慢です。
なんかその直前の記録が婦人会で阿弥陀像があった、という記録があり、その阿弥陀像などの感想などは全く書かれていなかったのですが、あちこちの寺院で阿弥陀像見ている節があるので気に入った可能性はあるんじゃないのかなww
というかこの人、固有名詞をいまいちすっ飛ばす癖があるので名前が出てきている時点で印象的ななにかがあったと見ていいんじゃないのかなぁ。
あまりの感情の垂れ流しっぷりにちょっと困惑するのではないかな、と思うのですが、好意に傾いてからはまあまあ悪くはないんじゃないでしょうか。
まあ、寺が喧嘩上等みたいなのは清廉なイエスズ会から見るとだいぶ奇異に見えるってところまではわからないでもないしね、ただ、その見下し方があまりにも露骨で、本当に宗教関係者かこの人、みたいな気持ちになるだけでね。

 

ただ、途中はかなり純粋に性格が悪いです。
とはいえ、その後の展開を見るとあまりにも精神構造がシンプルすぎるだけなのかな、と思えなくもなかったです、どこまで信用していいのかは各自で判断しようぜ。