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「鎌倉幕府と朝廷 シリーズ日本中世史(2」近藤成一

そういえば私は五摂関家近衛家九条家二条家一条家鷹司家)のことが今までどうしても理解出来ない、と思ってまして、むしろ九条兼実などの若干変わった人物がいる九条家が最後? のような極めて曖昧な認識をしていたんですが。
なんのことはない、むしろ近衛も九条も人の名前としては存在していたものの、家がどうのというほどまだ分離しておらず、九条兼実以降に家が徐々に形成されていくというのが順序して正しかったため、全く覚えられないというか…意味がわからないことになってたのね、というか確かになかなか異端な人物ではあったのね。
順序がどうにも逆だったんだなー、というのが、しみじみ。
あとあれ、なんだかんだと「摂関」家という表現に院政以前の関白摂政時代と関連付けて考えてしまうんですが、院政も半ばの鎌倉時代、というより武士の台頭の頃に目立つようになって来た人だったのね…九条兼実
幕末にも家柄まあまあ能力それなり、根性座った人が目立つ傾向ってあったよなぁ。
むしろ近衛のほうが主筋で一旦九条と対立関係にあるもののこの二家が融合。
 
その後の三家が分離していくのはむしろ天皇の系譜がのちの南北朝持明院統大覚寺統とに別れたせいじゃないかなぁ、というか前半と後半の家の成立条件が違うのねこれ。
九条家由来の鎌倉将軍などが何人かいて、その将軍らが成人し次第送り返されたり、反北条氏勢力の牙城になりがちだったというのもなんとなく納得、九条家の関係者ってほとんど能吏だし、下手に敵に回すと怖いよなぁ。
あくまで鎌倉幕府と朝廷という本なんですが、両政権をつなぐ存在、となるとむしろ摂関家を中心に見たほうがまだしもわかりやすいんじゃなかろうか。