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「対馬からみた日朝関係」日本史リブレット041、鶴田啓

対馬からみた日朝関係 (日本史リブレット)

対馬からみた日朝関係 (日本史リブレット)

 

 

対馬というのは大雑把に九州と朝鮮半島との間にある島で、正直なところちょくちょく外交の歴史の中で名前を聞くことはあるものの(宗氏、だっけ? もう一家系くらいいる感じでしたが)、どうにもその具体的なイメージが湧かない、と思っていたのですが。
むしろ大宰府なきあとの大陸、半島との交易の頭脳的な本拠地、ということでいいのかな?
出来ればこの地の一族がどのようにして国内随一というノウハウを身に着けたのか、どうやって維持していたのかとう部分に関しても聞いてみたかったのですが、それは専門の研究者の成果を探すべきなのかなぁ、やっぱり。
九州の群雄割拠の中で、博多だけであっても維持し続ける武力に関しても馬鹿には出来ないよなぁ、九州そのものが知られるようになったのが最近って話もありますが。
 
本の中では教科書でも聞いたことのあるような外交文書の改ざんなども出てきていたんですが、正直なところ、「この時に突然」歴史の表舞台に出てきたような記憶、という人も少なくないんじゃないのかなぁ。
そしてそもそも私の世代の頃に学校で教えられるようになったそうなので、私よりも年齢が上の人だと聞いたことすらないってことにもなるのかな。
実際にはそれこそ古代(大宰府律令国家の形成とほとんど同時期のはずです、国分寺より若干前なんだよね)から連綿と続く交易が行われていたって認識するのが正しいんだよね、これはどう考えても。
この本と前後して読んでいた神社の本でも『延喜式』に対馬と、近隣の島である壱岐に格の高い神社が九州全土と張るくらいの数が存在しているって触れられていたしね。
しかし、地方史への無知って洒落にならない域なんじゃないのかしらひょっとして…。