『爆問学問』#15 斎藤環(精神医学)

“ひきこもりでセカイが開く時”がサブタイ。
わりとこう、サブカルチャー系の学者さんとして有名で大抵の場合評判が悪いない要因として「私も病人です」と言い切ってしまったりとか、患者さんの自助サークルを「私の娘」と言ったり、彼らが巣立つと「寂しいから新しいサークルを作りました」とか言い切っちゃう清々しさなのではないのかと思われるわけですが(真っ正直には褒めにくいw)。
この回は面白いとは言いにくかったなー、ちょっと期待してたんですが。


太田さんに負けるのは(気迫が、本気だよなこの人)、ある意味で他の教授たちもそんなところがないてもなかったし、そんなに違和感はないんですが。
田中さんに聞き出し能力で負けてるのはいかがしたものか。
いや、もともと相方なんだしね、という以前になんか誰のことでもあのくらい聞けそうな気がするんだよなぁ。「こいつなんにもないんですよ、空っぽなんです」「でも社交的でしょ? 自分がない方は社交的なものです」みたいなある意味でかなり失礼な会話が相方と医者の間で交わされていたんですが。
人が良くて怒らないというより、感嘆というか賛美の言葉だって気が傍で聞いてもする。
ちゅーか、自分に自信があるんじゃないかなぁ、だって大したものですよあの人。


“ひきこもり”は要するに彼の対極、プライドは高いけれど自分に自信がない。
そして彼らは、部屋の中にいる間、本すら読まない、なーんにもしないそうです。そして「自分には力があって」「世界を変えることが出来る」という夢を見ている。らしい。
けれど、それすら人間にはありふれた感情なのではないのかと言われるわけですよ。