『爆問学問』#35 木田元(哲学)

“哲学を破壊せよ”、もともと生きる意味を探してなんの教育もなくても潜り込めたのだという戦後の大学に潜り込み、しかし哲学を読んでも全く意味がわからず、これは翻訳が悪い、と原語で読むために言葉を学び、ハイデガーを読んでみたら面白かったそうです。
なによりです、ただ、「生きる意味は見付かりましたか?」と聞かれたら、いっやー、むしろ言葉を学んだことが大きかったね、とのことです。生来のものと違う言語って面白いんでしょうか、なにぶんにも自然に身に付いたのしか把握してなくてわかりませんが。


で、すごく後半から面白かったのが哲学ってのが“この世”を人間がコントロールできるものである、という根本があってこれがいつの間にかキリスト教と一体になり(ギリシャの哲学のほうがずっと昔なわけですから)、一見神を頂点にしてはいるものの、案外と人間の能力の範囲が大きい(と思い込んだ)宗教になりましたと。
ははははは、キリスト教が大嫌いなのですっごい嬉しかったです、正しかったよ!
というのはあまりにも大人げないんですが、ユダヤ教もイスラム教(全部『旧約聖書』から派生した兄弟宗教です、呼び名はそれぞれ違う)も好きなのになんか嫌。過激派がいることは当然除いて、俗物に食い荒らされたことも別に考えてもなにかが合わない。
(でもイエス・キリスト氏も普通の信者も教会も好き、なにか一部だけが嫌い。)
そうなんだよー、神の名の元に特定の人間が“世界”をコントロールしようとする宗教になっちゃってるんだよ、なんで、どこでそんなことに、と本気で思うんですが。
だからこの回の木田氏は「脱哲学」を目指し、でもまー、もしかしたら哲学もなんかしらの役に立つんじゃないの? と太田さんは返します、うーん、そう言われてみればそれもその通りなんですが、ただ、もうちょっと根本に戻りたいですよね、いずれにしろ。