「国際ビジネスマンの誕生-日米経済関係の開拓者を追加」阪田安雄

オーシャニック・グループというのは明治9年の時点でアメリカの発展著しいNY(他の都市と比べて人種的な制約が少なかったみたいですね、日本人に対しても厳しいけれど、そもそも他にたくさんの民族がいて皆厳しいのは同じっていう)に渡った5人ほどの青年の集団で、佐藤百太郎と初期のほとんどの国内の製糸関係の商品を売り上げた新井領一郎。
福沢諭吉を通して、その後も多くの人脈をアメリカに迎え入れたモリムラ・ブラザーズの森村豊。それから三井物産と紡績業界、丸善からそれぞれ送り込まれた三人ほどの青年がいたのかな、どこから資金が出てたかというところから推測らしいんですけどね。
結局のところ、発起人である佐藤百太郎にしてからが挫折してるっぽいしなぁ。
(アメリカ人女性との「釣り合いの取れない結婚」とだけずっと表現されてたけど、どっかで具体的に語られていたような気もする、なんだっけか。)

で、まずイーストマン・カレッジにて語学含めた商業の教育を数か月ほど受けまして、森村豊がこの学校に兄共々感激し、結局イーストマンが亡くなるまでは日本人をどんどん推挙してったっぽいなぁ。
新井領一郎のほうが資料がきちんと残っているんですが、どうも森村兄弟が洋行という意味では最重要人物っぽいんじゃないでしょうか、初期の頃は海外送金を代行してたらしいし、ほとんどが彼らもしくは福沢諭吉関係の人材っぽいしね。
この方たちが少しずつ軌道に乗せたあとの第三世代くらいから有名なところで数人ほど、みたいな内容でした。福沢桃介はちょっとイメージと違うんだけど、一応その分類なのか。
実際のところはかなり研究そのものが発展途上らしく、これからもうちょっと進んだりするんでしょうか、本当にここ数年みたいに展開しててちょっとびっくりしたかも。