「カラシニコフ(1」松本仁一

正直有用な武器なんてものは“彼”が開発しなくとも、いつか誰かの手で世に出たのではないのかな、とも思わないでもないですし、ある意味で銃の構造において「隙間を大きく開ける(ことによって作動障害を起こさせない)」という完全に意表を突いたやり方は、どさくさに紛れて製造工程に素人が潜り込めた危機的状況でしかありえなかったのかなぁ、とも思えないでもなく。
選ばれたエリートによる一方的な武力の行使までが「素人」の手に渡ったのは、果たして悪いことだけなのか、もしかしたらそうでもないのか。
(子どもの参加を可能にした、ということだけは悪いと言い切れても。)
(例えば飢え死にするのと人を撃つのとどちらがマシ? と聞く権利は、少なくとも私などにはないような気がしますし、強国支配が続くのも現実的とは思えません。)


カラシニコフ、というのはマシンガンに改良を施した旧ソ連邦の元鉄道員のお名前で、ぶっちゃければドイツ軍が侵攻してくる第二次世界大戦の中、ただひたすらそれに対抗したい、としか思っていなかったという言葉を疑う人はいないんじゃないでしょうか、そもそも素人だったし、時代も間違いようがない。
そしてその後、多くの独立国を生み出し、そのほとんどの国で政府が機能せず。
著者さんはアフリカの幾つかの国を「失敗国家」と呼んでいたのですが、そんな国ですらも冷戦構造は米ソどちらかの陣地に取り込まれることでその政府を支援し、ただ一つ、銃を完全に規制しよう、と立ち上がったソマリアランド(ソマリアとはかつての同地域、旧宗主国が違います)だけが誰の援助も受けられない、というのは、傍から聞いているとまるで性質の悪い冗談のようにしか聞こえないんですけどね。