『美の巨人たち』建築シリーズ「金龍山 浅草寺」

正直私、あんまり浅草寺って好きじゃなくて、むしろ雷門が好きなんですよ、で、なんでそう感じるのかよくわからなかったんですが、そっか、本堂と宝蔵門は飛鳥時代のゆったりとした建築方式で作られてたんですね。雷門は江戸の頃の建築様式で(ちょっと派手というか華やかですね)、日本人は原点回帰していくんだ、という信頼とともにその選択がされたそうなんですが、実にすみません…すみません。

実際のところ浅草寺自体はそのくらいの年代みたいですね、飛鳥時代から記録に残ってるだけでも18回焼失し、六角門が室町、二天門が徳川家康時代っていう。おかげで屋根はチタン製、建材は鉄筋コンクリートで、はい、その選択は正しかったと思います!

他にコンクリート製だと有名なのだと築地本願寺とかありますが、あっちとはコンセプトがちょっと違うんですね。大岡實がその方針で昭和33年本堂完成。

雷門は幕末に焼失、100年近く「幻の門」だったんですが1960年にパナソニック松下幸之助が田辺泰に依頼しての再建。民間資本だったから趣味が混じったのかな?

続いて宝蔵門が1964年、これは本堂と同じ建築様式。五重塔が1973年に再建。

 

御空殿は橋本龍子と堂本印象、と紹介されていたんですが、また対象的だよなぁ。

えーと、あとは伝法院が江戸初期に作られて廻遊式庭園(小堀遠州が作った、らしい)という様式らしいんですが、この辺は確か一般公開されてないんですよね、徳川家の将軍の墓が幾つか入ってるんじゃなかったでしたっけ。

屋根の上に獅子が乗ってるのって、本州だとちょっと珍しい気もしますが、なんか意味あったのかなぁ、寺院って正直、ここに限らずいろんなものが混ざっていて建物だけで30分いっぱいいっぱいですねw 今度ちゃんと本堂見てみよう。